小松りょうのプロフィール

どうも、小松りょうです。

僕は現在YouTubeやブログ、SNSなどを使ってインターネット上で情報発信をしている20代前半の男性です。

19歳の頃に色々あって高専(高校3年間、専門学校2年の計5年間通う工業系の学校)を自主退学し、そこからは自分なりに自立した人生を送りたいと思い、今日までなんとか生きてきました。

■僕が高専を辞めた理由↓↓
https://youtu.be/fncri-S5tKI

僕は誰かから命令されるのが大嫌いな性格で、学校を辞めた後も2度ほど就職をしていますが、ことごとく退職をしています。

そして最終的に現在のようないわゆる「フリーランス」という生き方に落ち着いているといった感じの人間です。

ただし、フリーランスと胸を張って言えるほど稼げているわけではないですし、現実今は実家暮らしの親に養ってもらっているただの情けない無職ニートです。

そんな僕が敢えてインターネットを使って情報発信をし続けているのは、ちゃんと理由があります。

世の中にはインターネットを使って情報発信するよりも遥かに楽にお金を稼ぐ手段は山程あります。

にもかかわらず僕がこの活動をしているのは、「小松りょう」という人間を20年以上生きてきた結果、この活動をするという選択が自分にとって1番しっくりきているし、やりがいや楽しさを感じることができているからなんです。

ここからは、そんな僕が今までどういった人生を歩んできたのかを洗いざらいご紹介していますので、興味があるという方は御覧になってみて下さいm(__)m

高知県に生を受ける

都会から見れば田舎中の田舎、高知県に誕生しました。物心つくちょっと前ぐらい(おそらく2~3歳)のときに両親が離婚し、母親に引き取られます。

小学校に上がる直前、母親が再婚。新しい父親と、父親の連れ子2人(姉と兄)が新しい家族となりました。

同時期に父親の実家がある町に家族全員で引っ越したので、全く知らない土地の、全く知らない人たちに囲まれ小学生生活をスタートします。

小学生時代について

小学校の時の記憶は殆ど残っていませんが、自分の考えや価値観で他人に対して上から物を言ういわゆる「嫌なやつ」だったと思います。

そのバチが当たったのか、高学年の時に友達にハブられたりしたこともありました。

また、スポーツはドッヂボールをやっていました。

ただ、昔から極度のあがり症なので、大勢の人が集まる大会などでは体が硬直し、思ったようなプレーができませんでした。

(その割に運動会では応援団をやったり、クラスで司会進行をやって友達を引っ張ったりと、リーダー気質な子供ではありました。)

学校の休み時間でやるときは思ったように伸び伸びとプレーができたのですが、なぜか公式の大会では思うように活躍できなかったのです。

おそらく自意識過剰なのだと思います。

あと、自分より実力が上の存在(年上など)や目上の存在(監督など)がいても極度に緊張して、思ったようなプレーができませんでした。

苦しかった中学生時代

中学生になった僕ですが、この中学生時代は僕が自分の人生の中でもっとも自己肯定感が低く、楽しくなかった時期だと思います。

その最も大きな要因となったのが「部活動」です。

僕は小学校時代のドッヂボール仲間の多くがバスケットボール部に入るとのことだったので、それに便乗し特にバスケが好きでもなかったくせに流されてバスケ部に入部します。

しかし、そこで待っていたのは、力のあるものだけが日の目を見ることができる、厳しい実力主義の世界だったのです。

先輩は怖いし、僕は細身で、体の成長も遅かったので、なかなか活躍することができませんでした。

周りにいる同級生は体が大きい人が多かったのと、ドッヂボール時代から運動神経が良かったメンツだらけでした。

たまたまか必然か、神のイタズラかわかりませんが、僕が活躍できない最高の条件がたんまり揃っていたのです。

そして試合に出られない日々か続き、次第にふてくされるようになっていきます。

「どうせやっても意味ないし…」

みたいな腐った状態になっていき、どんどん部活が嫌になっていました。

でも、部活を途中でやめたくないというプライドや、辞めたあとの他人からの評価を気にして退部することはできませんでした。

先生はめちゃくちゃ怖いし、ドッヂボールのときと同じで怖い先輩や、怖い先生がいると、頭が真っ白になって、なにもできませんでした。

こんな状態の自分が試合で使い物になるわけないし、実際に公式戦には殆ど出ないまま引退を余儀なくされました。

高専に入学

中学を卒業し、母親の勧めで高専(工業高等専門学校)に入学しました。

高専の入試は「推薦入試」と「一般入試」とあって、基本的に推薦で落ちたら一般を受けるというスタンスが多いです。

僕は残念ながら推薦入試で落ちたので、受験勉強をして一般入試で合格しました。あのときの喜びは今でも忘れられません。

ただ、入学してからまわりの友達の学力の高さや、テストの難しさに驚愕させられ、ついていくのが精一杯という状態でした。

そして専門科目(土木建築)には全く興味が無いということにも気が付きます。

そして部活は何を思ったか、バスケ部に入部します。

活躍できるとは思っていませんでしたが、高専の部活はそんなにキツくないし、「とりあえず続けてみようかな〜」という完全にナメた理由からきた動機でした。

中学の時よりガチ感はなかったし、高校から始めたという初心者もたくさんいたので、中学の時よりかは遥かに精神的に楽でした。(先生もほとんど顔を出さない部活だったし、そもそも怖い人じゃなかった。)

中学の時に練習に来てくれていたOBの先輩もいたし、かなりやりやすかったです。

しかし、僕は次第にバスケをすることに意義を感じられなくなって、ついに1年の時の1月にバスケ部を退部します。

そこからは当時音楽にハマっていてギターも持っていたので、そのまま軽音部に入部しました。

部活に関してはホントに緩い学校だったので、部活にガチガチだった中学の頃と比べたらホントに天国のような環境でした。高校ってそんなもん??

高専を自主退学する

19歳(4年生)のとき高専を自主退学しました。

勉強についていけなくなり、テストではひどい点数ばかり採って、年に4回あるテストの2回目が終わった時点でほぼ留年が確定していました。

僕はプライドがムダに高かったので留年だけは絶対にいやでした。

そして元々学校で学んでいた分野に対して全く好奇心や意欲を持てず、それまで騙し騙しなんとか進級してきていた状況でもありました。

勉強が苦痛、テストが苦痛、留年が苦痛。

もう、学校のことを考えるのが本当に嫌になった僕は、ついに我慢の限界が来てしまい、親にも相談せずに1人で高専を辞めてしまいました。

経済的に成功するために必死になる

学校を辞めれたはいいものの、やはりこれから生きていく上でお金が必要と思いました。

当時は変に成功哲学などにハマっていたので就職はせず、1人でお金を稼げる自分になりたいと思い、独学でブログアフィリエイトを始めました。

しかし全く成果が出せず、1人の力では無理だということを悟った僕は、ブログアフィリエイトのコンサルタントにお金を払ってノウハウを買い、コンサルティングを受けることになります。

詐欺に合うのだけは絶対に嫌だったので、かなり慎重に情報を吟味し、信頼できそうな人を見つけたので、その方にコンサルをお願いして3ヶ月間コンサルティングを受けました。

しかし、それでも思ったような大きい成果が出せなかった僕は、自己嫌悪に陥ることになります。

「なぜ自分にはできないんだ…」

「こんなに頑張ったのになぜ…」

このような悔しい気持ちと「もう嫌だ…」という諦めの心が同時に僕の心を支配していき、ついにブログアフィリエイトを辞めてしまったのです。

成功を半ば諦め会社員になる

手持ちのお金もほぼなくなり、生活に自由が失われていった僕は、とりあえず堅実に会社で働こうと思いました。

そして実家の近所にあるスーパーマーケットにパートタイマーとして雇ってもらいました。

しかし、そこでも変なプライドを持っていた僕は、採用面接を受ける際に「ブログを使ったビジネスをやっているので、あくまでも副業というスタンスで働きたいと思っています。」といった条件を出していたので、スーパーで働いていた時間は1日4時間です。

ですが、ブログアフィリエイトの作業自体はストップしていて、実際は書いていた記事でお小遣い程度の収益が発生していたレベルでした。

次第に給料に不安と不満が出始め、「もっと働きたい…」と思うようになっていきました。

しかし、最初自分でビジネスをやっていると行ってしまったので、今更フルタイム勤務に替えてくれということはできず、Wワークを検討していました。

焼肉店でWワークを始めるつもりが….

見つかったのが某焼肉店で、そこの求人に応募し、面接を受けに行きました。

そしてそこの店主に「仕事をうち1本に絞ってくれるのなら準社員として採用するよ。」と言われ、その目先の甘い言葉に乗った僕はその条件を呑んでしまったのです。

そこから悪夢の始まりでした。

2ヶ月ほどスーパーと焼肉店のWワークをこなし、ついにスーパーの方を退職し、焼肉店で準社員として働くことになります。

しかし、そこの店主はかなり性格に癖のある御方で、ぶっちゃけ僕は苦手なタイプでした。

そして店内従業員の人間関係もあまりよくなかったり、業務内容も結構キツく毎回残業がシフト上で確定していたりと、かなり僕にとっては劣悪な環境でした。

そしてその環境に長く耐えることができなかった僕は準社員として採用してもらって約3ヶ月でその焼肉店を退職しました。

結局スーパーに帰ってきた

焼肉店で準社員になれるということで、お給料が思いの他良かったことを理由に、僕は調子に乗って実家を離れ、憧れていた1人暮らしを強行スタートしていました。

しかし、焼肉店を辞めてしまったことで家賃や光熱費が払えなくなったので、僕の頭はもう真っ白でした。

実家も裕福ではなく、自分の勝手な都合で出ていった自分が「生活費を工面してほしい。」などと言えるはずがありませんでした。(プライドも高かったですし。)

そして僕が思い立ったのは、元いたスーパーに返り咲くことだったのです。

スーパーには帰りにくい雰囲気ではなかったので、思い立ったが吉日と思い、僕は当時の店長の休憩時間を見計らい、店長に「フルタイムで雇ってください」と直談判し、2つ返事でOKをもらったのです。

かなりラッキーボーイだったと思います。

成功を諦めきれず勢いに身を任せ辞職

しかし、スーパーに帰ってきて1年半が経った頃、僕は経済的な成功を諦めることができず、ずっとスーパーの仕事に集中することができずにいました。

ブログアフィリを断念してからしばらく経っていたので、しょうこりもなくコッソリとブログを再開していたりもしました。

そして人事異動で変わった新しい店長に業務上のミスを注意され腹を立てた僕は、そのときの怒りの感情に身を任せ、焼肉店から帰ってきた僕を温かく迎え入れてくれたスーパーを勢いで辞めてしまったのです。

フリーランスとして再起を試みるも…

スーパーを辞めた僕でしたが、実はスーパーに帰ってきてしばらくした時点で1人暮らしをやめて実家に帰ってきてました。

なので、恥ずかしながら親に援助してもらい、お金の心配は無くなっていました。

しかし、とにかく経済的に成功したかったのでブログを頑張りました。

前回よりかは収益もアップできたのですが、しばらくやっているとやはり作業が辛くなり、「もう嫌だ…」と再びブログに対する拒絶感が出てきたのです。

そして結局ブログは辞めてしまい、すさまじい自己嫌悪に襲われ、何もかもが嫌になってしまいました。

成功できない、会社員としてもダメだった。もう何で自分を支えれば良いのか全くわかりませんでした。

まさに絶望。

会社を辞めた直後は、それまで培ってきたブログノウハウを実践することによって小銭を稼ぐことはできていましたが、それもしばらくすると苦痛となり断念。

「自分は一体何のために生きているのか?」

「自分なんて生きていて良いのか?生きる価値があるのか?」

そんな事ばかり考えていました。

突然YouTubeに動画投稿を開始

しかし、とある日「こんな自分でも何か1つ続けてみよう」と思い立ち、全く力を入れようとは思わなかったYouTubeに動画を投稿し始めました。(一応過去に50本ほど動画を入れてはましたが、収益化なんて考えていませんでした。)

ここまで心を折られた状態で、よく再開しようと思ったなと今でも思います(笑)

とにかく習慣化したかったので、YouTubeに投稿する動画は、どんな内容でもいいからとにかく毎日1本は投稿しようと思いました。

完璧を求めたり、ビジネス的な戦略を立ててしっかり動画を作ろうと思うと、絶対に手が止まるし、作業に嫌気が差すのをわかっていたので、とにかく自分の自然体を意識して「やることに意味がある」と自分に言い聞かせながら動画を作っていきました。

キャラを作ったり、アクセスを集めるために自分が興味のないジャンルを調べたり、そういったことは一切せずに、自分が素直に興味があると思ったことだけをチョイスし、肩の力を抜いて動画にしていきました。

その過程で、自分を表現することの楽しさや、「あぁ、これで良かったんだ!」ということに気が付き、徐々にYouTube活動が楽しくなりました。

足りないものなど何一つなかった

僕は高専を辞めてからずっと「お金が稼げるようになれば全て問題は解決する!」「自分にはお金を稼ぐスキルが無いから稼ぐ為のスキルが必要だ!」と思っていました。

そして実績や力の無い自分自身には価値が無いと思い続け、自分が成功する為にずーっと外側にある何か(成功哲学、ノウハウ、お金稼ぎのスキルなど)を追い求めていました。

しかし、その結果わかったのは「外側に答えは無い」ということだったのです。

答えは自分の内側にあるという真理を、外側に答えを求めるという過ちを犯し続けることによって気がつくことができました。

成功するために必要なヒントは全部最初から自分の中に持っていたのです。

現在の活動について

自分の人生や失敗から学んだことを生かして、現在苦しんでいる方々が人生を切り開くための「ヒント」になりたいと思い、インターネットを使って情報発信をしています。

to be continued…

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