人生哲学

「ねばならない」を人生から排除すると自分軸を取り戻せる。

どうも小松です。

この記事は人生において「ねばならない」という動機で行動するのを辞めれば「自分」をしっかりと持って生きることができるということを伝えたいものです。

現在、自分のやりたいことがわからず、外側の世界(人や情報)に振り回され続け、生きる意味がわからないという方や、苦しんでいる方はぜひ最後までご覧ください。

自分のやりたいことがわからなくなる国

僕たち日本人は物心付いた頃から誰かの指示に従って生きています。

大人に「やらないといけないことをやりなさい!!」と何かを強制させられ、それをちゃんと守れば「いい子」というレッテルを与えられます。

しかし、それをちゃんと守らなかったら「悪い子」というレッテルを貼られたり、幻滅されたり、しかられたりします。

まぁ、これは親が子供を育てるためにありがちなパターンなので、仕方がないとは思うのですが・・・。

ただ、この頃から親は自然に「上の言うことを聞かなかったら大変なことになる」という恐怖心や不安を徹底的に子供に植え付けていると言ってもいいでしょう。

自我が確立していない頃の子供はとにかく親に認められたいので、親の承認を求めて親の為に生きようとします。

ですが・・・。

この関係が社会にただただ従順なだけの「空っぽ人間」を創り出してしまう原因なのではないかと僕は考えています。

学校でいい子にすれば親に褒められるし幻滅されない

学校でいい子にしていれば親をガッカリさせることはありませんし、自分が学校の先生に叱られることもありません。

なので、子供は自然と学校の言うことを素直にきく、従順な人間になっていきます。

  • いい子にすれば親に迷惑をかけないor褒められる
  • いい子にすれば先生に叱られたり嫌な想いをすることがない

この2つのメリットがあるので、子供はよくわからず入れられた学校に馴染んでいくことができるのです。

学校でやることはほぼ100%学校が決めたことです。

子供の自由意志が尊重される時間はほぼありません。(休み時間とかぐらいでしょう。)

子供が自分のやりたいことを主張し続け、学校のルールを守らなければ、学校はその子を「問題児」と認識して、親と話し合いになります。

当然、親は子供を学校に従うように説得しようとするでしょう。(親にも世間体を気にする心や、面倒事にしたくないという感情がありますからね。)

子供は自我が発達していなく人生経験もないので、「学校のルールを守らない自分=悪」と思い込んで自分を責めます。

そして悪者になることを回避するため、いい人間でいるため、学校のルールに従うようになっていくでしょう。

そうやって少しづつ子供は自主性を失い、受動的な人間になっていきます。そうやって大人になったのが大半の日本人でしょう。

自分のやりたいことが全くわからない空っぽ人間のできあがり

「生きていくためにはお金が必要だ。」「大人になったら働かなければならない。」

こういったものを半ば強制的に社会に刷り込まれ、そうなれるように勉強したり、進学したり、資格を取ったり・・・。

そしてそうなれなければ社会の負け組としてのレッテルを貼られ、プライドはズタズタ。

まさにお金の奴隷。

お金に脅されていると言ってもいいと思います。

でも僕はそうじゃないと思ってます。

人にはみんな神に与えられた魅力があるし、そして「やりたいこと」があるはずなんです。

そこに目を向けずにただただ、社会からあぶれないように他人の目を気にして生きているから、いつまでたっても国や会社の都合のいいマリオネットなんです。

どこかで気が付かないといけないと思うんです。

人生から「ねばならない」を排除する

人生にやらなければいけないことなんてありません。僕たちには自由意志というものが与えられていますから、全部自分で選んでいいんです。

誰かに自分の意志を明け渡してはいけません。

ということは何かに対して「ねばならない」という感情が働いている事自体おかしいことであり、自分が誰かの意図に支配されている証拠なんです。

やりたくないんだったら素直に辞めればいいし、やりたいんだったらやればいい。

それだけでいいんです。

そうやって生きれている時、あなたは自分の軸を取り戻しているし、あなたらしく生きれているんです。

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